~人と違うことを強みにして~
誰とでも話ができる、つながりを作っていけるというのが私の強み

Special Interview

スプツニ子!さん

現代美術家として世界各地で作品を発表し、アメリカ・マサチューセッツ工科大学で助教として指導にあたるスプツニ子! さん。

各国のメディアや政府機関から、世界で活躍する日本女性の代表的存在として認められている。

言いたいことを伝え、やりたいことを仕事にしてきたプロセスと、女性のキャリアや生き方についての考えを伺った。

完全に“浮いていた”日本での学校生活

日本でアメリカン・スクールに通い、イギリス・ロンドンの美術系大学院大学「英国王立芸術学院(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)」修士課程を修了。現在は現代美術家として活躍しつつ、アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの助教として、東京とボストンを往復する生活を送っている、アーティストのスプツニ子! さん。世界を舞台に自由に活動しているように思えるが、自分のホームグラウンドはあくまで「日本」にあると考えている。「父が日本人、母がイギリス人で、英語と日本語を使って育ちましたが、独り言や寝言は日本語。コンピューターに例えていうと、私のOS(オペレーションシステム)は日本語で、ソフトが英語なんだと思っています」

英国王立芸術学院の卒業制作で発表した映像作品『生理マシーン、タカシの場合』『カラスボット☆ジェニー』『寿司ボーグ☆ユカリ』が話題を集め、東京都現代美術館やニューヨーク近代美術館(MOMA)のグループ展に参加。映像と音楽、テクノロジーを組み合わせた斬新な作品を生み出す一方、数学が得意な「理系女子アーティスト」として注目され、ファッション誌モデルやテレビ番組のMCも務めている。日本の経済産業省クールジャパン官民有識者会議委員に選出され、世界経済フォーラム(ダボス会議)の若手リーダーに選出されるなど、まさに日本社会を代表する女性としての活躍を見せている。しかし本人は、日本ではあまり恵まれた子供時代を過ごした思い出がないという。「最初は普通に公立の小学校に通っていたのですが、『宿題を忘れたら校庭でうさぎ跳び』『給食の牛乳を飲めなかったら飲み終えるまでクラス全員が立たされる』など、当時としては珍しい“昭和”な教育を受けていました。それから東京都内のアメリカン・スクールに入学したのですが、当時から同級生が誰も聞かないような奇妙な音楽を聞いたりアートを見に行ったりするのが趣味で、学校では完全に浮いていたし、いじめにあったこともありました」

両親ともに数学者で、本人も数学が抜群に得意。成績優秀で飛び級し、学校で開催される数学大会では連続優勝を収めていたという。「卒業まで高校で我慢しなくても、途中で辞めて海外の大学に進学できると気付き、ロンドン大学インペリアル・カレッジ*で数学とコンピューター・サイエンスを学ぶことにしたんです。でも、すでに私はアートと音楽が大好きで、『私はロンドンに行ってアーティストになってくる! 』と友だちに宣言していました。数学の道に進むと思っていた両親には申し訳なかったけれど」

*現インペリアル・カレッジ・ロンドン

日本にいるだけでは、今の自分はなかった

インペリアル・カレッジで音楽科目を履修し、そのときに初めて作曲を経験。音楽の表現に興味を持つようになり、卒業後はフリーのプログラマーをしながら、ライブ活動をしていた。「運がよかったんだと思います。当時のヨーロッパはリーマン・ショック前で景気がよく、フリーのプログラマーの仕事で食べていくことができました」

やがて次のステップに進むために、本格的にアートを学ぼうと、英国王立芸術学院へ。しかし、デッサンの勉強などしたことはなく、アイデアを紙に書いてまとめたものやアニメーション作品を提出して合格を勝ち取った。「周囲は美大卒の優等生ばかり。最初の1年は本当に苦戦して、何度も辞めようかと思っていました」

その後、ネットにアイデアを書き込んで自分と一緒に作品づくりをしてくれる「チーム」を作るという自分なりの制作スタイルを確立。自ら出演した動画に音楽を入れ、インターネットにアップしたところ、ビジュアルやサウンドの要素以外にも、そのテーマの意外性・ユニークさが大きな反響を呼んだ。卒業制作である映像作品『生理マシーン、タカシの場合』は、女装した男性が、機械を使って生理の痛みを体験するというもの。「私は、普段、人が当たり前のように受け入れているものを、本当はどうなんだろう? こんなことも起こっていいんじゃないか、といろいろ妄想するのが好きで、作品のアイデアも衝動的に生まれてくるんです。私のことを、世界で活躍する女性のロールモデルのように誤解してくれる人がいますが、こんなヘンなことばかり考えている人間はロールモデルにはなれない、と今でも思います(笑)」

日本政府から委員に選ばれたり、アートのみならず経済やビジネスのシンポジウム・講演に招かれたりするのは、「本当に作品を評価してくれたというより、単に海外の美術館で作品が展示されたというお墨付きアーティストだからでは」と、冷静に分析している。「日本にいるだけでは、今の自分はなかったかもしれません。日本社会は人と違うことをやる人や新しいことを始めようとする人を警戒する傾向がありますが、英国や米国ではそれを面白いと思ってもらえました」

2013年からMITの助教として自身の研究室を持っているが、これも「人と違う」から叶ったことだと考えている。「日本の古い組織は、自分と同じ方向性を持つ人材を求めますが、MITでは、『同じことをやる研究室は2ついらない』と考えるんです。恐らくMITの人は、『この若くて奇妙でエネルギッシュな、日本とイギリスのハーフの女性は、自分たちに想像できないことをやってくれるかも』と、私を採用してくれたんだと思います」

「言いたいけど言えない」ことを代弁

スプツニ子!さんは、「女性であること」も、人と違うことをやるための強みであると考えている。「アメリカやイギリスでも、社会が男性主導で進んできたことに変わりはありません。研究だけでなく、政治や経済の世界も、いまだに男性の数が多い。そこで、MITのような教育機関は、男性と異なるベクトルで発想することができる、女性の研究者をもっと採用したいと考えています」

自由に生きてきたように見えるスプツニ子! さんでも、やはり「女の子が言いたいことを言うと『生意気だ』と思われる」という風潮を感じてきた。「アメリカでは、女性が『あなたの態度は女性差別だ』と声に出して言うことが許されるのですが、日本は和、ハーモニーを重んじる社会であるためか、言いたいことが言えず、やりたいことを実現させることができない、と感じている女性が多いようです」

『生理マシーン、タカシの場合』に見られるように、スプツニ子! さんの作品には性にまつわるものや社会に対して挑発的な内容が多いが、意外に女性のファンが多い。「私の作品を見て、本格的に芸術の道に進むことにした、と手紙をくれる人がいたりします。私のやっていることは非常識な妄想ばかりだけど(笑)、その中のほんの3パーセントだけでも、世の女性が『自分に言えないことを代弁してくれている! 』と思ってくれているとしたら、すごくうれしいですね」

「お金はいりません」はNG

社会の中で、妊娠・出産・育児・家事・仕事にまつわる女性の負担があまりにも大きすぎるのでは、と感じているという。「仕事ができる女性には、家の中でもとても有能な方がいて、職場で頼られる一方、家では子供の面倒を見て、夫の世話もしてしまうという…。それに対して女性の方が、家事・育児でも精神的な面でも夫が支えてくれています、という例はまだあまり聞かないですよね。今の状態は、非常に男女アンバランスだと思います。仕事も家事も育児もできるスーパーウーマンばかりじゃなく、家事も育児も、妻の世話もできるスーパーマンがもっといたらいいのに! 」

実はスプツニ子! さんのMIT研究室のメンバーは現在全員が女性、Twitterで「新しいプロジェクトがあるので協力してほしい」と募集すると、応募してくるのもほとんどが女性だという。「でも、女性は献身的になりすぎて、『喜んで手伝います。お金はいりません』って言っちゃうんですよね。ボランティア精神も良いと思うのですが、そういう姿勢だと、社会の中でなかなか前に進むことができない。自分の貢献にはちゃんとお金や地位といった対価を求めていく。それが、女性がこれからやっていかなければならないことだと思っています」

スプツニ子! 現代美術家
テクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映させた映像インスタレーション作品を制作。主な展覧会に、「第3回瀬戸内国際芸術祭」(常設作品『豊島八百万ラボ』2016)など。2013年よりマサチューセッツ工科大学(MIT) メディアラボ助教に就任し、Design Fiction 研究室を創設。2016年4月よりスーパープレゼンテーション(NHK)のMCを務める。著書『はみだす力』(宝島社)。

取材・文/足立恵子 写真/川崎聡子