未知のたばこの世界で とにかく学ぶことが先決
ガラス張りの社長室でスッと立ち上がったシェリー・ゴーさんは、白の裾柄がスタイリッシュな黒のワンピースをすらりと着こなし、「シェリーです」と笑顔で迎えてくれた。
「マールボロ」「ラーク」などの銘柄で知られる世界屈指のたばこ会社フィリップ モリス インターナショナル(PMI)。同社の日本法人フィリップ モリス ジャパン合同会社(PMJ)初の女性トップとして2018年1月に赴任したゴーさん。「日本は食べ物は美味しいし、人々は親切。何でも便利ですぐに慣れました」と言う。
母国マレーシアを振り出しに、香港、中国、インドネシアへの赴任も経験した彼女は、マレー語、中国語、英語を駆使して仕事をしてきた。「その国の言葉が話せないのは初めて」とのことで、日本語のレッスンを始めたところだ。
「どちらかと言えば内向的な性格」と言いながら、バレーボールが大好きだったスポーツウーマンは、学校でもリーダーシップの片りんを見せていたようだ。「でも、こういうキャリアを歩むとは夢にも思いませんでした」
高校卒業後はオーストラリアのモナシュ大学に進学。「オーストラリアの大学では、学生が先生をファーストネームで呼ぶのでびっくりしました」とゴーさんは懐かしむ。そんなカルチャーショックも含めて異文化に接し、英語力はもちろんのこと、自分の考えをしっかり表現する独立した精神を培った学生時代だった。
卒業を控えたころ、大学にPMIが採用活動にやってきた。「25年前のあのころは誰もが仕事探しに必死でした。採用が決まったときはうれしかったですね」と言う彼女だが、PMIは当時のアジア圏ではそれほど知られた会社ではなく、「会社のこともたばこ業界のことも何も知りませんでした」という就職だった。
1993年、同社の子会社であるマレーシアのゴッドフレイ フィリップスに入社した彼女は、経営陣の姿勢に感銘を受ける。「だいぶ若いころから幹部や社長と気軽に話せました」
現場の声を聴くための会合を開いたり、雑談したり、一緒に食事をしたり、経営幹部は若手社員にとっても近寄り難い存在ではなかったという。そんな社風は今日でも維持されており、ゴーさん自身もオフィスで自室のドアをなるべく開けておき、社員たちと話をするように心がけている。
入社3年目のころ、彼女はMBAを取ろうと一念発起する。当時の上司に相談してみたら、理解を示してくれた上に、なんと通信教育の費用も会社で負担してくれた。「自費で受講するのは経済的に大変だったので、とても助かりました。もちろん、ちゃんとMBAを取ることが条件です」
仕事をしながら通信教育で学ぶのは容易ではなかったが、見事MBAを取得。上司との約束を果たした。
このように、社員にさまざまなチャンスを与えるのがPMIの良さである。英語力を付けるためのサポートがあったり、自国での仕事に習熟したら国際的な経験を積ませたり、時間をかけて社員一人一人の才能を開発する。そうしたことが同社の強みになっている。「自分もそうやって育ててもらった」とゴーさんは言う。マレーシアでの8年間を経て10年間の海外勤務を経験。赴任地に慣れたころにはまた次のチャンスが訪れる。退屈することなく、次のステップを与えられてきた。
「良い上司とチームに恵まれました。そして、好奇心が強いのでしょうね。できるだけ学ぼうと努力してきました。世界はたいへんな速さで動いていて、新しいテクノロジーや製品が出てきますし、消費者も変わっていきますから」
もちろん、異動するたびに初めてのことばかり。現地の仕事を覚え、人間関係も一から築かなければならない。国によって、文化やビジネス慣行にも違いがある。たとえば、中国ではいきなりビジネスを進めるのではなく、まずは信頼関係の構築が重要であることを学んだ。非公式な雑談や食事を重ねて相手の信頼を獲得して初めて仕事の話ができるようになるのだ。幸いにも中国語が話せたことが互いの心の壁を取り除くのに役立った。インドネシアでは多様な人々と文化に驚いた。地域によって方言も常識も異なる。
「未知の国へ赴任するときは不安もたくさんあります。でもチャンスは二度とは来ない。だからチャンスにはいつもオープンに、そして、前向きであることですね。どこの国に行っても新たな挑戦です。業績が悪ければ立て直さなければならないし、業績が良ければさらに良くしなければなりません。そして、新しい国に行ったら、その国の文化を尊重することです。何かを変えようとする前に、まずは学び、人の話を聞くのが先です」
赴任各国で販売やマーケティングに取り組んできた彼女だが、 入社当時から今日まで、 たばこは一切吸わない。「健康が気になるのなら、いちばん良いのは吸わないことです」ときっぱり。その上で、ゴーさんは、たばこについての考え方を明確に説明した。
社会には喫煙を続けることを選択する人々が大勢いる。過去にはそういう状況に対処する技術がなかった。しかし現在はテクノロジーの進歩が目覚ましい。この10年間にPMIは45億ドル以上を投じ、「リスクを低減する可能性のある製品」の研究開発を進めてきた。2014年には加熱式たばこ「IQOS(アイコス)」を発売。IQOSは、たばこ葉を燃やさないため、灰も煙も出ず、ニオイも少ない。
「会社としては『何もしない』で従来の紙巻たばこを売り続けることもできたわけですが、そうではなく、『何かする』のを選んだことを社員一同、とても誇りに思っています」
そして、紙巻たばこをIQOSのような「リスクを低減する可能性のある製品」に置き換えていくという同社の大胆なビジョンを語った。成人喫煙者により良い選択肢を提供したいと。日本への赴任前、ゴーさんは香港でアジア圏における、「リスクを低減する可能性のある製品」推進担当部門のバイスプレジデントを務めた。
多様な社員たちとともに 日本でも新たな挑戦が始まる
「日本人は衛生面に関心が高く、IQOSのメリットが成人喫煙者や成人ユーザーに評価されています」と言うゴーさんは、2014年の展開以来、世界で約500万人の成人喫煙者がIQOSに切り替えたことを歓迎し、さらなる普及を強く推進していくと語った。
「まずは、たばこ会社として信用を築かなければなりません。成人喫煙者に『リスクを低減する可能性のある製品』によりスムーズに切り替えてもらえるような環境や適正な規制の枠組みを作るために、外部のステークホルダーとも協力する必要があります」
社内の改革にも意欲を見せる。20カ国以上の国籍の約1,900人の社員を擁するPMJは、PMIグループ各社同様、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を推し進めてきた。歴史的に見れば、たばこ業界も男社会だ。
「私が入社した当時は会議のメンバー20人ぐらいの中で、女性は私だけということもありました」とゴーさんは振り返る。女性社員が増えたのはここ数年間の努力による。PMJでは昨年、採用の40%が女性で、管理職の上層部の約40%が女性になった。
2016年には、スイスに拠点を置くNPO法人による、男女間で同一賃金であることを認証するEQUAL-SALARY Certificationを日本国内で初めて獲得し、2017年も認証を受けた。
「ダイバーシティ(多様性)は、社内に多様な社員がいるということ。そして、インクルージョン(受容)というのは、そういう多様な社員が一緒に快適に働けるようにすることです」とゴーさんの説明は明快だ。PMJでは、多様な社員それぞれのライフスタイルと仕事上の必要に応じて、就業時間を柔軟に調整している。
「仕事も重要ですが、一番大切なのは家族です。でも、結婚や子育ては個人の選択」と言うゴーさん自身にとって大切な家族は80歳になる父である。今は一人暮らしの父を訪ねて月に一度は帰国する。「父は私が赴任したすべての国に来てくれました。今度は桜の季節に日本に来てもらうつもり」と親孝行な娘の顔をのぞかせた。
働く親たちは、子どもの世話のために時間のやりくりが大変だろう。独身者も別の苦労を抱えているかもしれない。介護中の社員の仕事の調整にも配慮が必要だ。それぞれ違った状況にある社員たちのニーズに応えるのは容易ではないが「一人一人が会社に大切にされ、よくサポートしてもらっていると感じられるようにしたい」とゴーさんは語った。
「フィリップ モリスで働くのが楽しくて、社員たちが朝起きたときに、『よし!今日もいい日だ。仕事に行こう!』と思えるような会社にしたいですね」
フリーアドレス制の導入も進行する明るいオフィスで、ゴーさんの挑戦が始まっている。
- フィリップ モリス ジャパン合同会社 (PMJ)
- 世界各国でたばこ事業を展開するフィリップ モリス インターナショナル(PMI)の日本法人。PMIが製造するたばこ製品のマーケティングおよび販売促進活動を行う。
1985年に日本で営業を開始、全国に約1,900人の従業員を擁する。フィリップ モリスの企業ビジョンである「煙のない社会を目指して」、紙巻たばこに替わる煙の出ないIQOS のような「リスクを低減する可能性のある製品」の開発を進めている。2016年には、スイスに拠点を置くNPO 法人EQUAL-SALARY Foundation の、男女間で同一賃金であることを認証するEQUAL-SALARY Certificationを日本国内で初めて獲得し、2017年も認証を受けた。
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- 本社:
- 東京都千代田区永田町2-11-1
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- 代表者:
- シェリー・ゴー
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- URL:
- www.pmjl.jp